めっちゃ弱いけどめっちゃ強い

今、新宿行きのバスに乗ってる。
今週の一週間、飛ぶように過ぎた。
主はどんなに弱い僕も、使ってくださる。
僕には、保育園の時からの、幼馴染の大切な友達がいて、どうしても僕の心の底から愛するイエス様を紹介したいと、願っていた。
だけど、勇気もなくていつも、最高のイエス様を伝えれない自分に落ち込んでいた。
そんな中、僕は12年住んでいた三重県の桑名市から大阪の能勢に引っ越して、それから今は、大学のある千葉県の印西市に移っていってた。桑名を離れて3年経って、久しぶりに昨日、懐かしい、故郷のような地、桑名に来て感動してた。
3年前、この公園で野球してたなぁとか、思って。友達とそこで野球したりした。

そして僕は、秋休みで、一週間あった。この一週間、僕は一人旅でもしたいと考えていた。
イエス様とゆっくり、一週間のデートをしたいなぁとか、色々考えてた。だけど、祈ってたら、桑名に行きたいという思いが来た。
心の底から愛する友達に、イエス様の素晴らしさをどうしても紹介したいと思った。そして神様が、何よりもそれをしなさいと、僕の心に言っている気がした。なので僕は秋休みに桑名の友達の家に行くことに決めて、バスチケットを予約して、行った。
まず初めは、神奈川の友達の家、東京の友達の家に泊めてもらって、それから静岡の友達の家に行って、それから行った桑名。
この旅に出る前に、教会の祈祷会や、クラスの祈祷会、祈りのリクエストをシェアできる機会があれば僕は、この桑名に住んでいる、僕の大切な二人の友達がイエス様のことを知ってもらいたいと、そのことをいつも祈ってもらっていた。
そして実際に桑名に行ったのだけれど、僕の心は感じていた。自分の恐れと、自分の勇気のなさをね。
僕は心の底から、この愛する友達にイエス様のことを伝えたいと思っていたのだけれど、僕は自分ではできないのを感じていた。
桑名に行って1日目に行った友達の家で、夜寝る前に話したいと思っていたのだけれど、話せなくて朝になってしまった。
僕は愛する兄弟に、祈りのリクエストを頼んだ。僕はちょっと焦ってた。伝えれなかったらどうしようと。
そして、朝起きて、トイレに入って神様に祈った。そして聞いた。どうしたらいいかわかんなくて、助けてくださいって。
そしてら神様は「大丈夫だ。私がすごいことする」って。そして食事の時に彼に神様が話させてくださった。
その後、めっちゃ感謝だった。最高の愛する友達と過ごせて、最高のイエス様が彼を愛してる真理を伝えれたこと。
僕の心は喜びでいっぱいだった。


そしてその日の夕方からはもう一人の愛する友達の家を訪ねた。彼が大学から帰ってくるのは遅かったのであまり話せなくて。
そして自分は疲れてしまっていた。だけど、1年ぶりにあったその友達といれるのは、本当に嬉しかった。
そして僕は、トイレに入って祈っていた。僕は、自分では伝える勇気がない。僕は、イエス様のことを話したくてしょうがないのだけれど、僕の心には、心配があった。泊まりに来たけれど、僕はイエス様のことを話せないで帰ってしまうのではないかと思った。
そしてまた、愛する兄弟に、お祈りをお願いした。僕は、イエス様を愛している。そして伝えたい想いは溢れている。そしてその友達を心の底から愛していて、どうしても、どうしてもこの最高のイエス様のことを知ってもらいたいという想いが溢れていて、今まで、何度もなんども神様に祈っていた。そして、ようやく念願の桑名の地に来て、最愛の友達の家で、僕は自分の心の中にある恐れと戦っていた。いつも、そうなんだ。イエス様に従いたいという願いはあるけれど、実行できない自分が僕のうちで大きくなるのを僕は知っている。そして、夜は疲れてしまって、先に寝てしまった。朝目が覚めて、布団の中にうずくまって神様に、祈った。
「どうしても、どうしても、あなたのことを彼に伝えたいんです。だけど、僕は勇気がなくて、伝える勇気もありません。どうかお父さん。僕を助けてください。どうしたらいいですか。」って。すると神様は僕の心に教えてくれた。電車の中で、話そう。って。彼と、電車で名古屋駅まで行くことになっていたから、そこで話せると思った。だけど、実際に行く頃には結構緊張してた。いつもだけど、心臓が高鳴る。だけど、僕が心の中で、駅のホームで電車を待っている時、神様は僕の心の中に、確かに語って勇気をくれた。神様が、僕の心の中に、語りかけてくれた。「豊。大丈夫だ。私が全てする。」って。「私が導く。私が彼の心に、私を知りたいという思いを起こしてる。私が彼を愛してる。」って。僕は、そんな神様の語りかけを心に聴きながら、彼と一緒に電車に乗った。どのように彼に、この僕の魂から愛するイエス様の素晴らしさを紹介したらいいのかと思いながら、彼と話していたのだけれど、彼の方から、キリスト教の話をしてくれた。そして、そのまま流れで、神様が僕の心に語りかけることを、話した。「私は信じた。それゆえに語った。」という御言葉があるけれど、本当にそんな感じだ。御霊に従って行く話し方。なんか、すごいよね。なんか、その時に、僕の心は喜びでいっぱいだった。今まで、神様が僕の人生にどんなことをしてくださったのか、神様の愛のストーリーを、分かち合うことができた。彼と一緒に過ごしてて、僕は嬉しかった。そして、神様がこんな勇気のない僕だけど、勇気をくれて、話させてくれた。

これって、信じられないくらい、僕にとっては、大きな神様のみわざなんだ。僕は、イエス様のことを、話す勇気がもともとない。
イエス様は僕のために十字架にかかるほどに愛して、僕を恋い慕ってくれているのに、僕を、魂から愛してくれているのに、イエス様のことを、まだイエス様を知らない大切な友達に話すのに、恐れを感じてるんだ。自分は、イエス様を恥じてるような歩みは絶対したくない。だけど、僕は実際に大胆に話す勇気がないんだ。そのまんまの自分は、何もできない。友達と話すことも、イエス様が助けてくれなきゃできない。だけど、イエス様のこと、話させてくれた。今まで何年も祈ってた友達に!そして、彼のために祈れて、別れて。
言葉に言い尽くすことのできない喜びか、僕の魂の底から湧き上がってきた。ああ。本当に、この秋休み、桑名に来てよかった、神様が本当に助けてくださって、こんな勇気もなく話せない僕だけど、やらさせてくれた僕を通して、イエス様が僕のうちで生きておられて、話してくださったのを体の底から、心の根元から感じて、神様の素晴らしさに感動した。僕にとっては、イエス様以上に誇れるものはない。イエス様は僕の人生を変えた。そしてイエス様のおかげで今の僕がいる。イエス様が居なければ、僕は死んでいたと思う。
イエス様は僕の救い主で、僕の罪悪感も罪も赦して消し去って、僕に永遠の命をくれた。僕の人生に、ありえない、言葉にできないような喜びをくれた。イエス様が僕を愛して十字架で死んでくれて、僕は自由になった。罪から。そして、お父さんである、最高の神様は、僕を愛しているあまりに、イエス様を十字架にかけてくれた。そして、神様は世界の基のおかれる前から、僕を、イエス様の十字架によって、僕を神様の息子にしようと、愛を持ってあらかじめ定めてくださっていた。そしてこの神様は、全宇宙を支配する、全世界の創造者、アルファであり、オメガである方。全世界の人一人一人を愛するあまりに、罪の中に生きている一人一人が地獄に行くのを、見てもたってもいられなくて、信じるものに、イエス様によって救いをもたらしてくれた方。神様は、僕の祈りを聞いてる。神様は僕のことを愛する我が子よ。って言ってくれる。大好きな大好きな息子として、僕を見てくれていて、いつも、神様の御心に叶う願いをするなら、聞いて叶えてくださる。今回のこの旅も。神様は全ての人が救われて真理を知るのを願っていて、僕の今回訪ねた最高に大好きな友達を愛して愛して、真理を知り、救われて欲しいと願っておられて、それが神様の御心だから、そのことを神様に祈ってたから、神様は、確かに、答えてくれた。神様は、素晴らしい。最高に良いものを、僕の人生に与えてくれるお方。こんな最高の神様だから、僕は伝えたくてたまらない。どうしても、伝えなきゃいけない。神様のイエス様の、素晴らしさを、僕はこれから一生、もっともっと伝えて生きたい。パウロのように、命かけて、伝えたい。僕は、でも、恐れやすいし、そんな勇気もないやつだって知ってる。
だけど、僕を通して神様がイエス様のことを全世界に伝えたいと願っておられて、それが神様のみ心であるなら、どんなに僕がチキンでも、大丈夫だ。神様に御心にかなう願いをするときに、超絶に弱い僕を用いて、全能の神様が働いてくださり、イエス様が僕のうちで生きてくださり、素晴らしいみわざをなしてくださる。そして、神様の福音は全世界に宣べ伝えられて、終わりの日が来る。イエス様が雲に乗って、栄光の最愛の最高の、僕の主であるイエス様が来る。そのやばい計画の中に、神様は僕を救い、入れてくれた。その計画を進めるために、用いてくださる。そして、僕が天国に行くとき、イエス様から「ゆたかーーーーーーーーーーよくやったね!!!」ってイエス様が思っ切り抱きついて栄冠をくれるのを、夢見ている。それを、目指して、目標を目指して、一心に走り続けたい。
僕は、正直に言うと、不安もあります。だけど、イエス様のどうしようもない愛から、僕を引き離せるものは何もないんだ。
どうしようもなく弱いけれど、どうしようもなく愛してくれてるお方がいる。
この心は、その愛のゆえに駆り立てられて今日の1日も、ここまで歩めた。
僕は人から褒められると、高慢になる。傲慢になって、自分はすごいと錯覚する。
だけど、真実は、自分のしたことをよく見てみると、僕がしたことは全て、僕がやったことではなく、神様が助けてくださってできたこと。神様が力となり、全てを行わせてくださる。「神によって、私たちは力ある働きをします。神が私たちの敵を踏みつけられます。」僕が救われたのも、神様の恵みのゆえ。全ては神様によること、イエスキリストの父なる神さま、賛美を永遠に受けるお方に、最愛のお父さんに、栄光がとこしえにありますように。



しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
第二コリント12:9


神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格を下さいました。
文字に仕える者ではなく、御霊に仕える者です。文字は殺し、御霊は生かすからです。
第二コリント3:6


しかし、神に感謝します。神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、
キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。
私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、
神の前にかぐわしいキリストの香りなのです。
第二コリント2:14,15


「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、私たちの心を照らし、
キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。
私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。
それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかにされるためです。
第二コリント4:6,7



「私は信じた。それゆえに語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語るのです。
それは、主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスと共によみがえらせ、あなたがたといっしょに御前に立たせてくださることを知っているからです。すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵みがますます多くの人に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現れるようになるためです。
第二コリント4:13.14


主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。
詩篇107:1


主よ。あなたは、ほむべき方。
あなたのおきてを私に教えてください。
私は、このくちびるで、あなたの御口の決めたことをことごとく語り告げます。
私は、あなたのさとしの道を、そんな宝よりも、楽しんでいます。
詩篇119:12-14

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大学2年生で兄弟が8人います!

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